【組織人事】企業の人間的側面①

経営者は企業経営をいっそう進歩発展させるために、個人的な経験や観察のみに頼るのではなく、社会科学に学び、社会科学を駆使して一人一人の人材の行動を予見し、潜在能力を引き出し、みんなの力を結集させるべきである。しかしながら多くの経営者は、そのような理論を活用しない。それには下記のような理由が考えられる。

①自分が当面している現実とは無関係で自分自身の体験に基づいた知識こそ役にたつと思っている
②人間行動に関する統制ということの性質を誤解してしまっている

①については、そもそも「経営は一個の芸術だ」というセリフに聞くように、直感や感情を頼りに理論を吟味しようとしない経営者も多いのだが、経営に関する施策はすべて、仮定、帰納、仮説に基づき意思決定を繰り返していくものである。普通理論的な考え方を確かめもせずに自身の体験に基づいた知識だけでは矛盾撞着した行動につながる可能性がある。
②については、統制の性質を勘違いして、従業員を我が意に添わせようとする経営者もいる。しかし、統制ということは、相手の人間性を自分の望みに合わせるのではなく、自分のほうが相手の人間性に合わせていくやり方をすることだと認識して初めて、統制力を向上させることができるのである。人間の行動は予測のつくものではあるが、より正確な見通しができるかどうかは、その基礎となる理論的な考え方が正しいかどうかにかかっている。
人の行動を統制するという考えについて、経営者が企業の利潤達成のため知識を用いるようになればなるほど、人を操縦するとか利用するとかいうことになるのではないかという懸念が起こるが、経営者は「社会的責任」の観念から、科学的知識を用いる専門家になればなるほど、道義を自覚しなければならないし、人間の価値にもっと目を向けて、積極的に倫理綱領を意識し、自制しなければならない。自由のためには責任という代償を払わねばならないのである。

組織に関する伝統的原則は、もともと軍隊とかカソリック教会をモデルにして生まれたものだが、今日本当に必要なのは新理論であり、考え方を変えることであり、組織における人間行動の性質をもっとよく理解することである。以前なら企業経営者は、解雇するぞと脅かしたり、黄犬契約など権限を行使することにより統制を図れたが、今日の労働市場の流動性向上や労働協約により従業員の企業に対する依存度が実質的に低くなっており、権限が統制手段として働かなくなっている。経営者も従業員あっての経営者なので、会社の目標を達成するためには、どのようにしたら相手の能力を変えてその目標を達成させてやれるかどうか、また欲求を満足させてやれるかどうかを考えて、人を動かし、統制していく必要がある。経営者は人を動かすために、時々刻々と変わる周囲の情勢や、人の役目、上役と部下との関係など、その場その場に応じて融通を利かせて役目を果たさなければならない。

ダグラス・マグレガー (著), 高橋 達男 (翻訳) 企業の人間的側面―統合と自己統制による経営 1990 第一部 経営に関する理論的考察